画竜点睛を欠く 中国の故事成語

『◇画竜点睛(がりゅうてんせい)を欠く(中国の故事成語)

最後の一押しが足りない、特に作品について、最後の詰めが甘いことを表すために使われる。原典は諸説あるが、張彦遠(ちょうげんえん)の画論である『歴代名画記』が有力とされている。梁という国の張僧よう【(よう)は機種依存文字UTF-8:E7 B9 87】(ちょうそうよう)という僧が絵画の名人であることから、都の寺に竜の絵を描くという依頼があった。しかし、張僧は竜のひとみ(睛)を書き込まなかった。人々があまりいぶかるので、睛を入れたところ、絵に描かれた竜が飛び去ったという。張僧は、睛を書き込むと竜が飛ぶことを知っていて、あえて最後の詰めを甘くしたのだろうか。』

日常の中で、「何か物足りない」と感じる事があります。

それは、料理でも、芸術作品でもです。

特に芸術は、奥深いものだと考えれば、余計な詮索をせず、作者の表現として鑑賞するというのがマナーです。

綿密に描かれている作品もあれば、シンプルに輪郭だけ線を引いてあるものもあります。切り絵の世界観は輪郭(シルエット)のみを表現するので、センスがないと難しいです。

中には、独特の作風も数多くあります。

素人には、その作品が、そこまで評価されているか計りかねることが、実に多いのです。でも、これは私の単なる勉強不足なのでしょう。

冒頭の故事成語の成り立ちを見てみると、その場の情景をイメージしてしまうような説明が成なされています。

思わず「目ジカラ」という言葉が浮かびました。

絵の描き方の中心になるポイントが目だったのか?

あるいは、目を入れることによって、竜に息を吹き込むことになったのか?

作品の完成は、作者にしか決められません。

油絵などは、重ね塗りが出来るようですが、その他の手法では難しそうです。

特に、建物に描く場合は、やり直しをするのも大変だと想像します。

一発勝負で、仕上げるという姿勢をリスペクトする以外にないですね。

うーん。シメとしては、何か物足りないと思うのですが、この辺で。

「全体としてはよくできているにもかかわらず、肝心なところが不十分であることのたとえ。【精選版 日本国語大辞典】」

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