ヒントを生かす思考に
何かと「最適解」を求める時代です。
最近は、「AI」を頼りにする事が増えてきました。
グーグル先生の検索結果にも、「AIによる要約」が登場するようになりました。それは、文章のまとめ方がうまく説得力も強いです。
しかし、その内容は、自分で吟味する必要があると言われています。
その理由は、「AIによる要約」に間違いが含まれている事があるからです。
私が経験したことは、ある百貨店の情報でした。
「○○百貨店は、何月何日に閉店します。」という検索結果が表示されたのです。
しかし、それは、誤情報でした。
その関連で、別の百貨店も同じような情報が表示されて、損害を被ったとして、訴訟準備をしているという話もありました。
その様なことを踏まえて、検索結果のクロスチェックも必要だと感じました。
少々、手間暇はかかりますが、それは必要なコストだと考える事にしました。
検索も、よく似た言葉で、少し違う視点で情報収集するなどの工夫もしています。
その理由は、最適解を探し回るよりも、その手がかりとなる「ヒント」を拾い集めた方が良いと考えるようになったからです。
誰しも、インターネットやテレビの情報を得て、「これだ」と思って実行してみたものの、その結果は今イチという経験があると思います。
つまり、その情報は、自分にとっては最適解ではなかったと言うことです。
まあ、そんなものですね。
しかし、そこであきらめるのではなく、「ヒント」の欠けらを拾い集めるようになったのです。
その発想の転換は、自分が思わぬ所で、「ヒント」に気づく機会があったので、ビックリしたのを覚えています。
対話をしている人の何気ない一言が、「ヒント」に満ちている事もあります。あくまでも、対話は成立しているので副産物です。
それらは、まるで落ち穂拾いのようなイメージを持ちます。
多くの人が、見向きもしない、取るに足らないと思っているスポットに、お宝があったりします。
それは、札束や金塊のようなわかりやすいものではありません。
でも、それらのピースを並べ直せば、最適解に近づける可能性があると私は考えています。




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