ヨハネの黙示録第17章スタディーノート

ヨハネの黙示録17章『大患難時代の前半における世界統一政府 大淫婦 世界統一宗教宗教的バビロン(時系列では6章~9章の時期)』
17:1~6 大バビロンの描写
17:7~14 大バビロンの解説
17:15~18 大バビロンの滅亡

ヨハネの黙示録第17章スタディーノート
※ヨハネの黙示録17章は、大患難時代の前半の大バビロン(宗教的バビロン)の再記述描写。
(1)大バビロンの描写(17:1~6)
 大淫婦と不品行はインパクトの強い表現です。旧約聖書では、『淫婦』は「偽の宗教」を象徴する言葉です。また、『淫行』は、「偶像礼拝を象徴する言葉」で、「霊的姦淫」を意味しています。聖書的理解として、通常は、「真の神を信じると告白しながら、偶像を拝む行為」を指すのです。

『2:20 実に、遠い昔にあなたは自分のくびきを砕き、自分のかせを打ち砕いて、「私は仕えない」と言った。まさしく、あなたはすべての高い丘の上や、青々と茂るあらゆる木の下で、寝そべって淫行を行っている。(エレミヤ2:20新改訳2017)』
その他参照聖句:エレミヤ3:6~9、エゼキエル20:30

 この大淫婦は、背教の教会を指しています。その時、組織化された背教の教会が、反キリストの思いを実行するようになります。そして、携挙の時に地上に残された人たちが、その支配下に入るのです。
 『大水の上に座している』とあるのは、あらゆる民族、国々が、その支配下に置かれることを意味しています。つまり、王たち(政治権力)が、大淫婦を支援するのです。
 『この女と淫らなことを行い』とあるのは、性的な罪ではなく、偶像礼拝のことです。
 『この女の淫行のぶどう酒に酔いました。』は、ぶどう酒には、飲む人を支配する力があること、それと同じように、『偽の宗教にも人を酔わせる力があること』を示しています。今の時代でも、偽の宗教に酔ったことのある人を霊的に導くのは、至難の業です。
 大淫婦の登場は、大患難時代の前半に起きます。その大淫婦は、神の裁きを受けようとしています。
 ヨハネは、よく見える場所から『一人の女』を見ました。『一人の女が緋色の獣に乗っている』とあるのは、この獣(反キリスト)は、ヨハネの黙示録13:1に出て来たものと同じです。
 ダニエル7章の第四の獣(帝国主義)とも同じで、いかなる獣にも例えられない異様な姿をしています。その姿は、大きな鉄のきばと十本の角を持っています(十本の角は十人の王)。十一本目の小さな角が出てきて、初めの角のうち三本が引き抜かれます。この小さな角は人格を持ち、豪語する口を持っています(反キリスト)。
 ヨハネの黙示録17:3は、時間的にはヨハネの黙示録13:1よりも前に起きることです。この時点で、獣(反キリスト)は、まだ政治的権威を掌握していません。この段階は、女が反キリストを支配している段階です。
 獣の描写について、『緋色』は、反キリストの華麗さを示しています。『神を冒涜する名で満ちて』は、神に敵対する性質を示しています。『七つの頭と十本の角』は、後にその意味が解き明かされます。
 女の描写は、背教の教会の特徴を示しています。背教の教会は、多くの富を有し、外面的には非常に魅力的です。古代世界では、淫婦(娼婦)は、豪華な衣装を身にまとっていました。日本では、江戸・吉原における上級遊女(花魁)が、豪華に着飾っていました。21世紀でも、ある教派では、高位の聖職者が豪華絢爛な衣装をまとっています。
 『金の杯』は、儀礼的宗教の象徴であり、外面的には魅力的です。でも、その杯は汚れに満ちているのです。

『51:7 バビロンは【主】の手にある金の杯。すべての国々はこれに酔い、国々はそのぶどう酒を飲む。それゆえ、国々は正気を失う。(エレミヤ51:7新改訳2017)』

 『大バビロン、淫婦たちと地上の忌まわしいものの母』とあります。これは、古代ローマ世界では、娼婦は自分の名を書いた布で額を覆っていました。それと同様に、大淫婦も、自分の名を額に記しているのです。
 偽の宗教は、バビロンから始まり、バビロンで終わります。歴史を見ると、ニムロデは、バベルを建設した人物です(創10:8~12)。そのバベルの塔の出来事は創世記11:1~9に記されています。そのバベルが、後にバビロンと呼ばれるようになったのです。
 そうして、大患難時代の前半、統一化された教会の中心がバビロンに置かれるのです。
 大淫婦は、『偽のキリストの花嫁』です。偽の教会は、大患難時代の前半に、多くの聖徒たちの命を奪います。それにより、第五の封印の裁きでは、多くの殉教者が出るのです。
 大患難時代の後半になると、組織化された背教の教会は別のものに置き換わります。それは、反キリストを礼拝することを要求する「偽の宗教」が出現するのです。

(2)大バビロンの解説(17:7~14)
 ヨハネが幻の意味を理解できなかったので、御使いが解説をはじめます。まず、獣の解説を通じて、大淫婦を支援している政治権力の本質が明らかになります。
 『昔はいたが、今はいません。やがて底知れぬ所から上って来ます』とあるのは、反キリストの描写です。反キリストは、殺されるまでは生きていました。この時、すぐにでも、底知れぬ所から上がって来ようとしているのです。
参照聖句:ヨハネの黙示録13:3~4、12~14
 『上って来ますが、滅びることになります』については、ヨハネの黙示録19:20で成就する預言です。
 『世界の基が据えられたときからいのちの書に名が書き記されていない者』とあるのは、『子羊のいのちの書』です。

『13:8 地に住む者たちで、世界の基が据えられたときから、屠られた子羊のいのちの書にその名が書き記されていない者はみな、この獣を拝むようになる。(ヨハネの黙示録13:8新改訳2017)』

 そこに、名を記されていない者たちは、不信仰者たちで、彼らは、反キリストの復活を見て驚くのです。
 『ここに、知恵のある考え方が必要です(新改訳2017)』とあるのは、獣の正体は複雑なので、それを理解するためには、知恵が必要だということです。
 獣の正体、『七つの山』は、ローマのことではなく、『七つの頭』=『七つの山』=『七人の王たち』ということです。
 『五人はすでに倒れましたが、一人は今いて、もう一人はまだ来ていません』とあるのは、ヨハネが黙示録を書いている時点での状況です。もう一人とは、反キリストです。

(注)七つの頭(七人の王たち)とは誰かを学者は論議しています。それによると、エジプト、アッシリア、バビロン、メド・ペルシャ、ギリシャ、ここまでが過去で、六番目がローマ、そして、七番目が反キリストとされています。

 一方、フルクテンバウム説では、七つの頭(七人の王たち)について、次のように考えています。第四の獣(帝国主義)を七段階に区分しています。その第七段階が、反キリストの段階と考えています。文脈上を考えると、フルクテンバウム説が合理的だと考えます。

 『彼が来れば、しばらくとどまるはずです』とあるのは、『この王が現れても、位にとどまるのはごく短い期間だけである』(新共同訳)とした方が、スッキリと理解できます。ヨハネの黙示録13:5では、三年半(四十二か月)となっています。
 反キリストは、七番目の頭(王)であると同時に、八番目の角です。彼は、十人の王たちの中の三人を滅ぼすので、八番目の角となるのです。
 『十本の角=十人の王たち』です。反キリストは、まだ力を持っていません。やがて、反キリストによって王としての権威を受け、同じ時期に統治します。彼らの支配は、短期間で終わります。彼らは、心を一つにして、反キリストに仕えるのです。
 彼らは、子羊に打ち負かされます。これは、ハルマゲドンの戦いの預言です。子羊は、『主の主、王の王』です。子羊と共にいる者たちは、選ばれた者、忠実な者です。

(3)大バビロンの滅亡(17:15~18)
 獣の解説から女の解説へと移行するのは、ヘブル文学の交差対句法です。
 偽の宗教は、全世界を支配するようになります。『水』は、世界の総人口を示す言葉です。真の宗教は人々に仕えますが、偽の宗教は人々を支配するのです。真理の源であるキリストは仕えるために来たのです。
 『やがて淫婦を憎み、はぎ取って裸にし、その肉を食らって火で焼き尽くす』とは、反キリストが大淫婦に取って代わることを意味します。大患難時代の前半、反キリストは大淫婦を利用しての世界統一化に成功します。もはや、大淫婦の助けは不要になるのです。そこで、反キリストは、十人の王たちの力を借りて、大淫婦を滅ぼすのです。

大患難時代の中間で、反キリストは自分を礼拝するよう人々に迫ります。
 ①ダニ9:27、11:26~38
 ②マタ24:15
 ③2テサ2:4
 ④黙13:8、15
 ※このことは、すでに学んでいます。この箇所で再記述されています。
 反キリストが支配権を持つのは、【主】の計画によることですが、その反キリストの支配は、短命で終わるのです。
 
バビロンは、実際の都であると同時に、偽の宗教システムです。女は、偽の宗教システムの擬人化なのです。

INDEXへ

わかりやすい聖書ガイド
ヨハネの黙示録スタディノートブック
Amazon Kindle版 ペーパーバック版好評発売中