美の道の奥義 柳宗悦
『だから美の道はこう教えている。何を作るにしても、材料や工程の性質に逆らってはいけない。その制約を不自由とは呼ぶが、それがかえって美を厚く保ってくれるのである。その不自由さが、自ら招く形なり模様なりを、素直に受け取ればいい。それなら美しさに間違いはない。いわば自然の自由さが人間の不自由を超えて、仕事を完成させてくれるからである。 柳宗悦『工藝文化』(岩波書店)』
大工仕事や工芸などに携わる人なら、スッと入ってくるフレーズなのかも知れません。
大工の仕事も、大きく様変わりしました。
宮大工や日本の伝統建築を手掛けられる職人は、ずいぶん減りました。
その人たちは、手刻みといって、家一軒分の柱や構造材を組み合わせるための加工を長い期間をかけて行ってきました。
その間に、基礎を作り、建築現場で棟上げが行われます。
この時は、大工の応援を多く集めて、その現場を請け負った親方の号令で、一気にくみ上げていくのです。
この時に、親方の心境は、胃が痛くなるほどだそうです。
「自分が、考えて刻んだ構造材が、上手くくみ上げられるのだろうか?」
そのような不安に強く襲われるのだそうです。
時には、上手く行かないこともあるからです。
天然の日本産の木を使う伝統建築には、ただ単に、加工するというだけでは無く、その木材を最大限に生かすための目利きも必要だったと聞きます。
目の流れ、ソリ方の傾向などを考慮しながら、どこで、何を使うのかという割り付けが難しいのだそうです。
それは、先達からの言い伝えもあり、一過性では無く引き継いで来たものです。
このフレーズからは、機能美だけでは無く、自然美とのコラボレーションも意識するようにとの示唆を感じます。
21世紀の製品の多くは、天然素材では無く、天然素材のような風合いは感じられないものがほとんどです。
「自然の自由さ」と表現しているのも気になる表現です。
それと対比に置いた「人間の不自由さ」がスゴく際立って見えてきます。
あらためて、人間は不自由さも味わっているのだと思わされました。
自然との共存によって、完成に導かれるのだという考え方がステキに響いています。
柳 宗悦(やなぎ むねよし、1889年(明治22年)3月21日 – 1961年(昭和36年)5月3日)は、日本の美術評論家、宗教哲学者[1]、思想家。民藝運動の主唱者である。名前は「やなぎ そうえつ」とも読まれ、欧文においても「Soetsu」と表記される[注 1]。
宗教哲学、近代美術に関心を寄せ白樺派にも参加。芸術を哲学的に探求、日用品に美と職人の手仕事の価値を見出す民藝運動も始めた。著名な著書に『手仕事の日本』、『民藝四十年』などがある。






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