ユダヤ人の食習慣と食物規定について ガラテヤ2:11-12
『2:11 ところが、ケファがアンティオキアに来たとき、彼に非難すべきことがあったので、私は面と向かって抗議しました。
2:12 ケファは、ある人たちがヤコブのところから来る前は、異邦人と一緒に食事をしていたのに、その人たちが来ると、割礼派の人々を恐れて異邦人から身を引き、離れて行ったからです。 ガラテヤ2:11-12新改訳2017』
ここに出ている「ケファ(岩…ギリシャ語)」とは「ペテロ」の事を指しています。
岩のような頑固者という性格を見て、イエスご自身がニックネームをペテロに与えたのです。
ここで、そのニックネームを持ち出しているのは、「頑固一徹にも関わらず、それまでの慣習を覆す行為はいかがなものか?」という抗議の背景を思い起こさせます。
この発端になったのは、コルネリウスの家に滞在した事です。
ペテロは、用意された食事を食べました。おそらく、野菜、果物、乳製品、パンくらいを食べたのではないでしょうか。しかし、そもそも、異邦人が用意した食べ物は不浄とされていたのです。コルネリウスは、ユダヤ人であるペテロたちに十分な配慮をしていたことでしょう。
【主】から示された幻の真意を理解したペテロは抵抗なく振る舞えたのですが、それを聞いたユダヤ人界隈からは、異論が噴出したという流れです。
このガラテヤの信徒への手紙での記事は、アンテオケでのペテロの振る舞いです。
割礼派からの批判を恐れたペテロは、異邦人から身を引いたと記されています。
日本人ならば、何も言わずに心の中で批判し続けるところかも知れません。しかし、ユダヤ人は真剣な論議をする民族で、仲が良いとか悪いとかでは無いようです。
ペテロは、知的理解と感情的な感覚が一致するのに時間を必要としたようです。これは、人間なら誰でも同じような傾向があるのではないでしょうか?
かつての食物規定よりも、不浄を避けるための予防策的な人間の知識も重なり、複雑化していった事は推察できます。
それは、ユダヤ人を守るものから、苦しみが増す傾向も強くなったように感じます。
現在のメシヤニックジューは、どうなのでしょうか?
メシヤニックジューとは、ユダヤ人でありながら、イエス・キリストをメシアと受け入れた信仰者を意味します。これは、異邦人の救いと同様に、福音の三要素を受け入れ、メシアであるイエス・キリストとの一体化をした信仰者共通の救いの原則です。
しかし、ユダヤ人としては、食物規定とは無縁ではいられないのではないかと考えます。世界的に、「コーシャ認定」を意識する伝統があります。それほど、ユダヤ人が大切にしてきたテーマです。
今の時代は、現実的に、食物規定を守る人もいれば、それから精神的に解放されている人もいます。それは、霊的レベルのスケールでもありません。現代では、食物規定を守るのも守らないのも自由なのです。
信仰者の集いの中で注意が必要なのは、口伝律法です。霊的な雰囲気を装いながら、他者を批判するような「けいさつごっこ」や「さいばんごっこ」に巻き込まれないように、お互いに配慮する必要があるのですね。
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