イザヤ書49章6節の解釈と適用について イザヤ49:1-6
『49:1 島々よ、私に聞け。遠い国々の民よ、耳を傾けよ。【主】は、生まれる前から私を召し、母の胎内にいたときから私の名を呼ばれた。
49:2 主は私の口を鋭い剣のようにし、御手の陰に私をかくまい、私を研ぎ澄まされた矢とし、主の矢筒の中に私を隠された。
49:3 そして、私に言われた。「あなたはわたしのしもべ。イスラエルよ、わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現す。」
49:4 しかし私は言った。「私は無駄な骨折りをして、いたずらに空しく自分の力を使い果たした。それでも、私の正しい訴えは【主】とともにあり、私の報いは私の神とともにある。」
49:5 今、【主】は言われる。ヤコブをご自分のもとに帰らせ、イスラエルをご自分のもとに集めるために、母の胎内で私をご自分のしもべとして形造った方が言われる。私は【主】の御目に重んじられ、私の神は私の力となられた。
49:6 主は言われる。「あなたがわたしのしもべであるのは、ヤコブの諸部族を立たせ、イスラエルのうちの残されている者たちを帰らせるという、小さなことのためだけではない。わたしはあなたを国々の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。」 イザヤ49:1-6新改訳2017』
これは、使徒の働き13:47に引用されているイザヤ書の預言です。
6節は、創造主である神【主】の第一位格である御父が、第二位格である御子に対して預言しています。
つまり、メシアは、ユダヤ人の残れる者だけではなく、「地の果て(異邦人)にまでわたしの救いをもたらす者」とするとの宣言です。
イスラエルに対する適用は、次のようです。
3節の「あなたはわたしのしもべ。イスラエルよ」については、「イスラエル」は「御子イエス・キリスト」を意味しています。
それは、現段階までには、「イスラエル」がその役割を果たせていないからです。その代わりに、「御子イエス・キリスト」がその役割を代行しているのです。これは、やがて、大患難時代になると、各部族から12000人、合わせて144,000人のユダヤ人が選ばれて世界宣教に遣わされます。
初臨のイエスについての適用は、ルカ伝2章にある記事によると、幼子イエスを抱いたシメオンは次のように語っています。
『2:29 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。
2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。
2:31 あなたが万民の前に備えられた救いを。
2:32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」 ルカ伝2:29-32新改訳2017』
「異邦人を照らす啓示の光」として、「イエスご自身が光」となることを讃美しています。
パウロとバルナバは自分たちに適用し、聖霊の導きによりイエスと一体化して、福音を異邦人にも伝えています。
さらに、イエスを信じている信仰者の一人一人に対しての適用についてです。
パウロとバルナバの使命を引継ぎ、現在進行形であるユダヤ人伝道、及び、異邦人伝道の役割を担うという要素です。
それは、「異邦人の数が満ちる」と空中携挙になる、その時まで継続します。これは、「普遍的教会」つまり「イエス・キリストの体なる教会」についての話です。
その後は、大患難時代の終わりまで、宣教は継続し、最後の三日間に、ユダヤ人の民族的悔い改めが起こり、それに応答する形で、メシアであるイエス・キリストが再臨されるのです。
聖書に記されている預言は、連なる山脈のように、幾重にも、意味が含まれているようです。慎重に読み解いていく必要があるのですね。
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