仕事イコール金ではない 九条武子
『自分の生命を打ち込むことのできる仕事を、もっているものは幸福である。そこに如何なる苦痛が押し寄せようとも、たえざる感謝と新しき力のもとに生きて行くことができる。生命は仕事とともに不滅である。 九条武子』
そもそも、仕事とは何か?
一般的に、収入を伴うものを意味するらしいです。
有償であっても、ボランティア活動では、仕事は言えないらしいのです。
一方、おカネが伴う仕事で、赤字状態が続いても、それは、仕事らしい。
世の中の不思議な一面を見せられた気がします。
人間が、充実した人生を過ごすために、「ライフワーク」というものがあります。
これは、「ワーク」とついても、生活の糧を得るためのそれとは、違います。それが一致する人は、ある意味幸せなのかも知れません。
自分の人生の課題だと考えていることに向き合う状態と表現したら良いのでしょうか?
人によっては、趣味の延長ととらえているのかも知れませんね。
冒頭のフレーズは、少し、重たく感じる要素もあります。
でも、いのちをかけて、あるいは、夢中になって取り組める「何か」は、人を選ぶのかも知れません。
そういう「何か」を持っている人は、幸せだと言うのです。
また「苦痛」でさえものともせずに、「たえざる感謝と新しき力のもとに生きて行く」というのですから、驚きです。
私なりの理解では、これぞ「ライフワーク」ではないか?
これが、ある事に感謝ができ、苦痛でさえ、新しいチカラで生きていける。
いのちとともにあるものという表現は、一生現役で、情熱が湧き水のように湧いてくるイメージさえ思い浮かぶのです。
自分にとっての「何か」に重なる人がいれば、幸せですね。
九条 武子(くじょう たけこ、1887年〈明治20年〉10月20日 – 1928年〈昭和3年〉2月7日)は、日本の教育者・歌人、後年には社会運動活動家としても活動した。
来歴
西本願寺第21代法主・明如(大谷光尊)の次女(母・藤子は光尊の側室で紀州藩士族の子女)として京都で生まれる。義姉・大谷籌子裏方(大谷光瑞夫人)を助けて仏教婦人会を創設し、1911年(明治44年)に籌子が死去した際には本部長に就任、同会運営の重責を果たした。
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