積極的な生きがいを持つためのマインド 岡本太郎
『あきらめるんではなく、気が弱いんだと思ってしまうんだ。そうすれば何かしら、自分なりに積極的になれるものが出てくるかもしれない、つまらないものでも、 自分が情熱を賭けてうち込めば、それが生きがいだ。 岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社)』
タレントの片岡鶴太郎氏の芸術センスを見出したのが、岡本太郎氏とは、知りませんでした。
また、「芸術は爆発だ」というフレーズは、テレビで流されていたモノなのですね。
EXPO2025は、閉幕しました。ミャクミャクという得体の知れない目だらけのキャラクターは苦手でした。
でも、あのデザインは、何かの教科書で見たことがあると思いながら、たどり着けないでいます。そのうちそれさえ忘れる事になるでしょう。
大きく見開いた目が特徴的だった岡本太郎氏です。
いかにも芸術家という雰囲気を感じました。
このフレーズをみると、彼の基本的な考え方を感じる事ができます。
これが、収められている『自分の中に毒を持て』というタイトルに興味を奪われます。
しかし、自分の中にある「毒」が、情熱の発生源であり、生きがいを内包しているという風に感じるのです。
コツコツと自分を生きていると、それが生きがいになるという道標のようですね。
でも、一番強く感じるのは「自分が情熱を賭けてうち込めば」という部分です。
自発的に、自分の「毒」と向き合うこと、この決意が、興味深い人生のはじまりなのかも知れませんね。
岡本 太郎(おかもと たろう、1911年〈明治44年〉2月26日 – 1996年〈平成8年〉1月7日)は、日本の芸術家・作家。血液型はO型[2]。
1930年(昭和5年)から1940年(昭和15年)までフランスで過ごす。抽象美術運動やシュルレアリスム運動とも接触した。(中略)
太陽の塔
→詳細は「太陽の塔」および「明日の神話」を参照
1970年(昭和45年)に大阪で万国博覧会が開催されることが決まり、通産官僚の堺屋太一ら主催者(国)は紆余曲折の末、テーマ展示のプロデューサー就任を要請した。岡本は承諾すると、「とにかくべらぼうなものを作ってやる」と構想を練り、出来上がったのが『太陽の塔』であった。
この日本万国博覧会は各方面に影響を与えた。1975年(昭和50年)、『太陽の塔』の永久保存が決定。現在も大阪万博のシンボルとして愛されている。
同時期に制作されたのが、前述の『明日の神話』であり、制作依頼者である実業家の破産の影響で長らく行方不明となっていたが、21世紀に入り発見される[9]。
テレビの人気者として
岡本は、テレビ放送草創期の1950年代から当時のバラエティ番組であったクイズ番組などに多数出演している。
1970年代以降には、日本テレビバラエティ番組『鶴太郎のテレもんじゃ』にレギュラー出演。冒頭でリヒャルト・シュトラウス『ツァラトストラはかく語りき』を鳴り響かせ、ドライアイスの煙が立ちこめる中から、「芸術は爆発だ」「何だ、これは!」などと叫びながら現れる演出が人気を博すと、これらのフレーズは流行語にもなった[注 6]。また番組内で出演した子供たちの絵を批評、眼鏡に適う作品を見出した際には、目を輝かせた。さらに、この番組内で共演した片岡鶴太郎の芸術家としての才能を見出している。







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