人生は階段だと思っていたのですが、,
スタンフォード大学教育学部教授ジョー・ボアラー氏の著書、『「無敵」のマインドセット』を読む機会がありました。
その中の図解が、非常にわかりやすかったので、それを文章で説明するチャレンジに挑みたいと思います。
ご興味がある方は、真っ赤な表紙の『「無敵」のマインドセット』を手に取ってみてください。
これは、脳科学の視点で書かれた本です。
ジェニファーという教師が、生徒が体験した意識を図にしてもらう試みをしました。
そうすると、生徒は「The PIT」という図を書き上げたのです。
それは、階段ではなく、ポッカリと空いた「穴ぼこ」でした。
それを邦訳すると「学習の落とし穴」となります。
生徒の脳意識によると、体験したのは、「穴ぼこ」だったのです。
それを見ながら、私自身も、過去の体験を振り返り、共感性を高めました。
簡略化した意識の変遷を記します。
学習中に「答えがわかりそう」と思ったのですが、実際には「思ったほど簡単じゃない」と感じます。そして、自分が落とし穴の底にいると認識して「困ったなあ」と座り込むのです。それでも、気を取り直して「努力しなきゃ」と落とし穴から抜け出そうと梯をかけたりしながら努力をはじめます。「もう少しでできそう」と落とし穴の淵にたどり着きます。そして、「やっとできた!」と成功体験を味わうと言うのです。
一日の中にも、このサイクルはありますよね。これが、一生なら、数え切れないほどの「穴ぼこ」でしょう。
また、「つまずきの階段」というチャートもありました。
右肩上がりの階段に、どのような態度で登っているのかをわかりやすくイラスト化したものです。
座り込んでいる人、一生賢明昇ろうとしている人、浮かれて飛び跳ねている人などが描かれています。
この図からのイメージは、これは、学生時代だけではなく、一生続くものだということです。
生きている限り「学び」であり、成長の可能性はあるのです。
二つのチャートを合わせて見ると、つまずきの階段の各段に落とし穴がある可能性を考えます。
シンプルに、階段を昇るかどうかではなく、その段ごとに、待ちかまえている魔物がいるというイメージを私は持ちました。
文中の「つまずきを受け入れ、困難な道を選ぶことも、また、重要。」というフレーズもつまずきの階段のチャートのインパクトを強くしていると思いました。
「死なない程度の経験は人を強くする」というのは、命に別状がない「骨折」や「擦り傷」「打撲」など痛さで学習するというニュアンスを持ちました。
参考文献
『「無敵」のマインドセット』スタンフォード大学教育学部教授ジョー・ボアラー/著鹿田昌美訳





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