ユーモアの質が大切 箴言26:18-19

『26:18 気がふれた者は、燃え木を死の矢として投げるが、
26:19 隣人をだましながら、「ただ、戯れただけではないか」と言う者も、それと同じ。 箴言26:18-19新改訳2017』

関心を引こうと、やたらに意味不明の行動に出る人がいます。

最近で言うと、「イジる」という表現が気になります。

地上波のバラエティ番組も、だんだん劣化しているように感じています。

それは、イタズラを仕掛けて、対象者をドッキリさせるという構成でも、低俗というか幼稚な物が増えているように見えます。

制作陣は、低予算の中で、さまざまな工夫をしながら作業をしているのでしょう。

お笑い番組でも、誰かをターゲットにしてイジるパターンは、単なるイジメ的なイメージを強くします。

そのような場面を目にしてしまうと、その番組は見たくなくなりますね。

また、「イタズラ」という表現は、犯罪行為の形容にも使われます。

それは、学校内でのイジメだったり、少年少女に対する性的な意識下での接触を報道するケースです。

ソフトな表現を使うと、その犯罪行為を軽く感じさせるようで、複雑な気持ちになります。さらに、報道の問題点は、少年事件は加害者の氏名を出さず、被害者の氏名を出すコトです。

これには、大いに違和感しかありません。

二つ三つのことを見ただけでも、世の中の狂気を感じます。

冒頭の箴言は、「ただ、戯れただけではないか」という軽々しい表現の奥に潜む現実を示しています。

それは、「隣人をだましながら」という事です。

表現を変えると、詐欺を働きながら、バレそうになると「冗談です」などと、嘯くパターンですね。

精神状態が、万全でなくても、迷惑行為は困ります。

でも、自分はおかしくないと自認する人が、平気で人を騙したり、混乱に陥れるのを目にしたときには、本当にガッカリします。

気分が落ち込むようなことを書いていますが、辛い世の中を生きる秘訣があります。

それは、ユーモアです。

無理やりにつくり笑いを絞り出すものよりも、精神的にも、心理的にも、ゆとりが持てるようなものが理想だと考えています。

そのために、自分のマインドを日々、整えていきたいと考えています。

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