科学vs無知 バーナード・ショー
『好きなものを手に入れることが肝心だ。さもないと手に入ったものを無理に好きにさせられるはめになる。換気装置のないところでは新鮮な空気は不健全だと決め付けられる。宗教が存在しないところでは偽善が上品だということになる。知識の無いところでは無知が科学を自称するようになる。 バーナード・ショー『人生を切り拓く』(講談社)』
何か、今の時代への予告や警鐘のようなニュアンスを感じるフレーズです。
21世紀は、近未来都市の緩やかな時代というイメージをおぼろげながら持っていた私の少年時代を思い出しました。
でも、現実は、混沌とした歪んだ競争社会でした。
人間は、外見を飾ることに関しては、スゴイ進歩を感じる事ができます。
しかし、内面を考えると、自分を含めて、変化に乏しいと感じる所が多々あります。
いつの時代にも、「人間力」が試されてきたのだろうと思うのです。
「好きなもの?」と問われても、「自分はこれ!」と答えられるような反応ができない部分があります。
そうすると、何かを無理矢理好きにならざるを得ない局面へと追いやられる可能性が高くなるというのですね。
原因不明の流行病で、爆発的に売れたものは、空気清浄機と換気装置が挙げられていました。マスクと同様に、目に見える安心感で使われたアイテムだと私は思っています。それがない部屋では、感染症の対応ができてないというレッテル貼りをしていたようにも見えました。
歴史を振り返ると、「菌」には、「菌」でという方法で、結果的に感染対策ができていたという情報もあります。これは、結果からわかることです。目に見えない「菌」のチカラを信じるか信じないかの違いだったのです。
人間は、どうしても、見えるものに頼りたくなってしまうものなのですね。
「宗教」の世界でも「偽善」が存在しています。真の崇拝対象を利用している宗教組織が多くあります。何かに頼りたい、帰依したいと考える事は大切なことですが、健全な信仰こそ一番大切だと私は考えています。
今の時代は屁理屈が多くその背景には「無知」が広がっています。多くの人は、その屁理屈にダマされてしまいます。私もダマされることがあります。
実際に、「科学」に関する論文でも、内容が「?」なものが増えていて、その背景には、研究費の問題があり、スポンサーに求められた内容に沿って作られることもあるようです。
ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw, 1856年7月26日 – 1950年11月2日)は、アイルランド出身の文学者、脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家、ジャーナリスト。若年から「ジョージ」のファーストネームを毛嫌いしており、多くの著作はこれを省いたバーナード・ショーの名で執筆しているため、このジョージ抜きの名でも知られている。
ヴィクトリア朝時代から近代にかけて、イギリスやアメリカ合衆国など英語圏の国々で多様な功績を残した才人として知られる。(中略)
映画文化の発展にも貢献し、『ピグマリオン』はアメリカのハリウッドで映画化されて第11回アカデミー賞の脚色賞を授与された。(以下略)






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