正義と誠実について 箴言21:21
『21:21 義と恵みを追い求める者は、いのちと義と誉れを見出す。 箴言21:21新改訳2017』
人間が、見せたい姿と、見える姿には、大きなギャップがあります。
特に、努力家で勤勉さをアピールするタイプにとっては、深刻な悩みのようです。
しかし、現実は、成果にはほど遠い現実に、本人がうちのめされるコトでしょう。
大切なのは、動機の部分ではないかと考えています。
見せたい姿の舞台裏と言うことです。
通常、舞台裏は、観客には非公開です。
でも、舞台裏の光景は演者には日常のことで、雑然としていても、気にしないように振る舞います。
それが、心のどこかに引っかかっていて、心理状態に影響を及ぼしているケースも考えられます。
本当は正しくないのに、自分が正しいと思い込むと、すぐに綻びが出てきます。
また、強い意思を持って、モラルを貫くという気力だけでも、上滑りしてしまうタイミングが来るでしょう。
この箴言は、「いのちと義と誉れ」の所在を暗示しています。
それは、いのちの源である御方が、義を立てられた事にあります。
人間には、勤勉さも努力も必要です。
でも、それだけでは、到達できない領域があるのです。
箴言の仲には、「知恵」「いのち」「義」などについて、その源との繋がりを確認するように促されています。
そのバランスがとれる人が、本当の幸せに到達できると言うのです。
信仰というと、とても厳格なイメージがあります。さらに、組織や宗教に対する疑念も強くなっている時代です。
信仰はシンプルなものです。歪みがある勧誘者が言う、お金が必要だとか、ネバならないというモノではありません。
何かを信じる信じないという判断そのものが信仰なのです。
自分で、信仰しながら、深めて行くというイメージです。
時には、予期せぬ方向性に行きかけたりしますが、その様な時には、軌道修正できる自由度があるものです。
その信仰を発揮して、いのちの源にアプローチするオススメなのです。
努力家を自認する自分の及ばない所を完成してくださった創造主である神【主】の知恵に頼ってみると、これまでとは、景色が変わって見えることでしょう。
ただし、万能感には要注意です。





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