テサロニケでの働き(パウロ) 使徒の働き17:1-10

『17:1 パウロとシラスは、アンピポリスとアポロニアを通って、テサロニケに行った。そこにはユダヤ人の会堂があった。
17:2 パウロは、いつものように人々のところに入って行き、三回の安息日にわたって、聖書に基づいて彼らと論じ合った。
17:3 そして、「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならなかったのです。私があなたがたに宣べ伝えている、このイエスこそキリストです」と説明し、また論証した。
17:4 彼らのうちのある者たちは納得して、パウロとシラスに従った。神を敬う大勢のギリシア人たちや、かなりの数の有力な婦人たちも同様であった。
17:5 ところが、ユダヤ人たちはねたみに駆られ、広場にいるならず者たちを集め、暴動を起こして町を混乱させた。そしてヤソンの家を襲い、二人を捜して集まった会衆の前に引き出そうとした。
17:6 しかし、二人が見つからないので、ヤソンと兄弟たち何人かを町の役人たちのところに引いて行き、大声で言った。「世界中を騒がせてきた者たちが、ここにも来ています。
17:7 ヤソンが家に迎え入れたのです。彼らはみな、『イエスという別の王がいる』と言って、カエサルの詔勅に背く行いをしています。」
17:8 これを聞いた群衆と町の役人たちは動揺した。
17:9 役人たちは、ヤソンとほかの者たちから保証金を取ったうえで釈放した。
17:10 兄弟たちはすぐ、夜のうちにパウロとシラスをベレアに送り出した。そこに着くと、二人はユダヤ人の会堂に入って行った。 使徒の働き17:1-10新改訳2017』

パウロとシラスは、ピリピからテサロニケに移動してきました。

ピリピでは、むち打ちを受け投獄されましたから、身体はボロボロの状態でした。それでも、イグナチオ街道を西へ移動したのです。

テサロニケには、ユダヤ人会堂がありました。

テサロニケは、マケドニア州の首都で、交通の要衝の町でした。イグナチオ街道の町で、主要な港町でした。このパウロが訪問した時代、経済的にも、軍事的にも重要な町だったのです。

当時の人口は、約20万人と推定され、大半がそこにいたのギリシア人で、多くのローマ人やアジア人やユダヤ人もいたのです。

テサロニケは、タルソやアテネと同じように「自由都市」であり、自治権が与えられていました。地元の貨幣を鋳造することができ、ローマ兵の部隊は駐留していなかったようです。

パウロが福音を伝える優先順位は、まずユダヤ人に伝え、それから、異邦人に伝えるというものでした。

ユダヤ人に伝えるためには、会堂(シナゴーグ)が最適の場所です。そこに、3週間行って、聖書に基づいて、論じ合ったのです。

パウロのメッセージの中心は、「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならなかったのです。私があなたがたに宣べ伝えている、このイエスこそキリストです」でした。

このテーマについて、説明と、論証をしたのです。

そこにいた人たちは、パウロが伝えた福音を受け入れた人が大勢出たのです。

これには、「大勢のギリシア人たちや、かなりの数の有力な婦人たち」も含まれました。

でも、受け入れなかったユダヤ人たちの反応は違いました。その理由は、「ねたみに駆られ」たからです。

パウロに反対するユダヤ人たちは「広場にいるならず者たちを集め、暴動を起こして町を混乱させ」ました。

ユダヤ人は、歴史的に見ても、人を焚き付けて煽動するのがウマいと思います。しかし、注意が必要です。何かに激しく賛同する前に、冷静に状況を俯瞰して確認したいですね。騙されてかり出されることもありますから、いつの時代も用心が必要です。

ここから、矛先はパウロの一行を受け入れていたヤソンに向けられます。「町の役人たち」の所に、ヤソンと兄弟たちを連行しました。

ローマ帝国において、ユダヤ教は公認されていました。しかし、改宗は禁止されていたのです。

煽動しているユダヤ人も動員されたごろつきも心得て、役人に迫っています。

「世界中を騒がせてきた者たちが、ここにも来ています。」

ピリピでは、ローマ市民に対する違法な伝道が、訴えの内容でしたが、ここテサロニケでは、それ以上に深刻な罪、反逆罪が訴えの内容でした。「世界中を騒がせてきた」というのは、いささか誇張ですが、霊的視点から見れば、それは的を射ていると考えられます。

「『イエスという別の王がいる』と言って、カエサルの詔勅に背く行いをしています。」

クラウデオ帝によるローマからのユダヤ人追放は、この数ヶ月前の出来事であり、反逆罪で訴えられるのは、非常に危険なことだったのです。『イエスという別の王がいる』という表現は、メシアが王として再臨され、メシア的王国が設立されることを語った内容でした。その真意を受け入れない人たちが、言葉尻をとらえたのですね。

この役人たちは、ピリピの長官たちとは異なる、冷静な対応しました。それは、ヤソンと兄弟たちから保証金を取ったうえで釈放しました。

その内容は、「パウロとシラスがすぐにテサロニケを去り、二度と戻らないこと」を約束させたのです。この保証金は、もし騒ぎが再燃すれば、没収され、騒ぎがこのまま収まれば返還されるという性質のものです。

その約束に従って「夜のうちにパウロとシラスをベレアに送り出した」のです。

テサロニケでのパウロ一行の伝道は、チカラと聖霊と強い確信に満ちています。創造主である神【主】のご計画に関するみ救いと、超自然的な【主】の働きを見ることができます。

もちろん、迫害者だったサウロ(パウロ)の救いも超自然的な【主】の御業だったのです。

また、繁栄した都市によくある悪習慣からの転身です。

それは、偶像から、創造主である神【主】への立ち返りです。それは、やがて来る【主】の御怒りを回避するためには必要不可欠な要素だったのです。この内容は、永続性があるものです。

この後、テサロニケ教会が、急成長するのです。

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