アテネでの働き(パウロ)2/2 使徒の働き17:22-34

『17:22 パウロは、アレオパゴスの中央に立って言った。「アテネの人たち。あなたがたは、あらゆる点で宗教心にあつい方々だと、私は見ております。
17:23 道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られていない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけたからです。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを教えましょう。
17:24 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手で造られた宮にお住みにはなりません。
17:25 また、何かが足りないかのように、人の手によって仕えられる必要もありません。神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物を与えておられるのですから。
17:26 神は、一人の人からあらゆる民を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、住まいの境をお定めになりました。
17:27 それは、神を求めさせるためです。もし人が手探りで求めることがあれば、神を見出すこともあるでしょう。確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられません。
17:28 『私たちは神の中に生き、動き、存在している』のです。あなたがたのうちのある詩人たちも、『私たちもまた、その子孫である』と言ったとおりです。
17:29 そのように私たちは神の子孫ですから、神である方を金や銀や石、人間の技術や考えで造ったものと同じであると、考えるべきではありません。
17:30 神はそのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今はどこででも、すべての人に悔い改めを命じておられます。
17:31 なぜなら、神は日を定めて、お立てになった一人の方により、義をもってこの世界をさばこうとしておられるからです。神はこの方を死者の中からよみがえらせて、その確証をすべての人にお与えになったのです。」
17:32 死者の復活のことを聞くと、ある人たちはあざ笑ったが、ほかの人たちは「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」と言った。
17:33 こうして、パウロは彼らの中から出て行った。
17:34 ある人々は彼につき従い、信仰に入った。その中には、アレオパゴスの裁判官ディオヌシオ、ダマリスという名の女の人、そのほかの人たちもいた。 使徒の働き18:1-11新改訳2017』

福音を伝えるときに、まず、聴衆との接点を見出す必要があります。この時のパウロは、聴衆は異邦人なので、ヘブル語聖書は接点には出来ないと考えた事でしょう。また、唯一神信仰も接点にはできないとも思ったでしょう。パウロが採用したのは、「アテネの人たちが宗教心にあつい」という点です。まず聴衆のことをほめる事からはじめ、相手を侮辱したり、怒らせたりしないように、細心の注意を払っているのです。

「アテネの人たち。あなたがたは、あらゆる点で宗教心にあつい方々だと、私は見ております。」と記されている「宗教心にあつい」はギリシア語で「デイシダイモニステロス」です。この言葉は、良い意味にも悪い意味にも使われます。「平均的な人たちよりも神を敬う心があるという意味」や「非常に迷信的であるという意味」もありますが、本来のギリシア語の意味は、「悪霊を恐れる」ということです。

パウロは、これを意識して、この言葉を曖昧に使用しているのです。もし聴衆の宗教心をほめたとするなら、それは欺瞞であり、もし、偶像礼拝を非難したとするなら、相手の心を閉ざしてしまうことになるからです。

パウロは、町を巡りながら、アテネ人たちが拝むものを観察しました。ここでは、あえて「偶像(エイドウロン)」という言葉を使わず、「拝む対象(セバスマ)」という言葉を使っています。

「『知られていない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけた」と言葉を繋げています。この『知られていない神』という概念が、コミュニケーションの接点となると判断しています。町のあちこちに、このような祭壇があったのは、いわば保険を掛けるようなものです。自分たちの無知のゆえに、敬っていない神々がいるかもしれないので、そういう神々の怒りを買わないために、祭壇を建てているのです。地震が起ったときに、「知られない神に」祈る習慣がありました。

パウロは、この習慣は間違っていないという前提で、話を進めます。事実として、「あなたがたが知らないで拝んでいる神が存在していて、その神について、私は教えたいと思う」という言い回しを使い、この論法によって、違法に伝道しているという告発を回避することができたのです。

パウロのこの手法は、ユダヤ教のラビの教授法の一つです。これは、「知っているもの」(拝んでいるという事実)から、「知らないもの」(知られない神)へという移行という教授法です。

創造主である神【主】は、天地を創造した御方であり、これは、アテネ人たちの世界観を否定する内容となっています。ある者たちは、もし世界が創造されたものであるなら、それはデミウルゴスという存在によるものであると考えていたからです。また、物質は永遠不滅であると考える者もいたのです。

さらに、ストア派は汎神論を教えていたし、一般的なギリシア人は、多神教を信じていました。

「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、」人間が作った宮に閉じ込めることはできないこと、これは、アクロポリスの上に建つ荘厳なパルテノン神殿でさえも、そうであるという論理展開を用いています。パウロのこの言葉の背後には、ヘブル語聖書の教えがあります。

そして、神は、自己充足しておられる御方であると繋げます。アテネ人たちは、ささげ物によって神々を喜ばせることができると考えていたからです。しかし、神は人の手によって仕えられる必要はないのです。

人は、神によって支えられて生きています。創造主である神【主】から、いのちと息を与えられ、その他のすべてのものを与えられたのです。

パウロは、人間は被造物であるという話をしながら、自分たちはこの地から出た特別な民であるというそのアテネ人たちが考えていた神話的確信を打ち破ろうとしたのです。

パウロは、創世記1章の内容を、聖書を引用しないで解説しています。ある民族が特に優秀ということはなく、創造主である神【主】は、ひとりの人(アダム)からすべての国の人々を造り出した。そして、人々を地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになり、活発に人類の歴史を支配しておられるのです。

この説明の背後には、ヘブル語聖書があります。これは、エピクロス派の理神論と不可知論に対する反論になっていて、ストア派の汎神論と運命論に対する反論になっているのです。

創造主である神【主】と人間の関係については、「それは」というのは前節(26節)を受けた言葉で、創造主である神【主】が摂理的に働いておられるのは、人間に【主】(唯一の神)を求めさせるためです。また【主】は、ご自身を求める人のそばにいてくださるのです。

創造主である神【主】は、人間が【主】を求め、発見することを願っています。「【主】を求める人は、【主】を見出す。」というのは、【主】が私たちのそばにおられるからでなのです。【主】は、エピクロス派が言うような理神論の神ではなく、ギリシア神話のゼウスのようにオリンポス山に座している神ではないからです。

私たち人間は、【主】の中に生き、動き、存在しています。つまり、【主】が私たち人間を支えておられるのです。このことを例証するために、パウロはギリシアの詩人たちを引用しています。

ここでパウロは、古のギリシア人の詩人たちの言葉を紹介しています。クレタ島人のエピメニデス(前600年頃)は、「私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです」と記し、キリキヤ人のアラトゥス(前315~240年)は、「私たちもまたその子孫である」と記していると引用しています。

ギリシア人たちは、自分たちのことをゼウス神の子孫だと考えていて、明らかにヘブライズム思想とは異なります。しかしパウロは、誤解を招きかねない表現を敢えて用いて、ギリギリのところで聴衆の宗教心を捉とらえようとしたのです。

その次に、私たちは神の子孫なのだから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じだと考えてはならないと続けます。

そして、悔い改めへの招きをするのです。パウロは、偶像礼拝は非論理的だと述べます。私たち人間は、神の作品(神から出た者)であるなら、神を金や銀や石の像と考えるのは非論理的なことです。「神である方」とは、「theios」というギリシア語で、「Godhead」(神格)を意味しています。つまり、神格を、人間が作った金や銀や石の像と同じようなものと考えてはならないと言うことです。

創造主である神【主】は、物質を創造した霊的存在で、ここでパウロが語っているのは、十戒の最初の二戒です。つまり、「真の神以外の神を礼拝してはならない。」「偶像を作ってはならない。」です。

これは、アテネの人たちには相当ショッキングなメッセージです。

29節は、神格をどう考えるかであり、日本語訳文を比較すると、次の二つがうまく表現出来ているのではないでしょうか。

「神である方を金や銀や石、人間の技術や考えで造ったものと同じであると、考えるべきではありません」(新改訳2017)
「神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない」(口語訳)

パウロは、ロマ書の中で、同じテーマについて記していますが、その時にこのアテネの状況のイメージがあったのかも知れません。(ロマ1:22~23)

かつての時代というのは、時代区分では「無邪気時代」と表現される事もある期間です。創造主である神【主】は、偶像礼拝の愚かさを見過ごしておられたのです。これは、許容していたということではなく、その時に忍耐され、即座に、偶像礼拝を厳しくは裁かなかったということです(使徒の働き14:16参照)。

今の時代とは、「めぐみの時代」になり、福音が啓示された結果、創造主である神【主】はすべての人に悔い改めを命じておられます。ディスペンセーション(時代)が変わり、人間がより素晴らしい啓示(光)に応答する時代が来たのです。悔い改めとは、偶像から真の神に方向転換することであり、罪から離れること、行動が変化することなどは、悔い改めの果実なのです。

それでも、もし信じないなら、その罪は、かつての時代の人たちの罪よりも大きく、福音を伝える側にも、より重い責任が与えられるようになったのです。(ロマ3:25参照)

31節は、創造主である神【主】が、この世界を裁く時が近づいているという警告です。【主】は、この世界を裁くために、日を決めておられ、この世界を裁く基準は、【主】(神)の義なのです。裁きの執行者は、【主】がお立てになったひとりの人、つまり「メシア=裁き主イエス・キリスト(ヨハネ5:22、1テサロニケ1:10)」です。

裁きの時が近いという証拠を示すと、「メシアは、死なれた。」こと、「メシアは、復活された。」ことです。そして、メシアの復活は、この方を通した裁きの日が定まったという証拠なのです。裁きが行われるのは、メシアの再臨の時です。

肉体の復活のメッセージは、肉体から抜け出したいと願っていたギリシア哲学と調和しません。彼らの考える理想的な状態は、墓の向こう側にあると考えていたのです。また、個人的裁きは、彼らギリシャ人には受け入れられない教えだったのです。

パウロのメッセージは、途中で遮られました。アレオパゴス(評議会)は、「創造主としての神(24~25節)」「被造物としての人間(26節)」「神と人間の関係(27~28節)」とメッセージに耳を傾けてきました。

しかし、「悔い改めへの招き(29~31節)」に入ると、彼らは聴くことを止めました。それは、「将来の裁き」と「死者の復活」の2つが、アテネ人たちの許容範囲を超えていたからです。あざ笑う者たちがいて、「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」という丁寧な断りの言葉を言う人たちもいたのです。

つまり、聴聞は途中で打ち切られ、パウロが教えていることは、ローマ人やアテネ人にとって危険なものではないこと、全く新しい教えなので、興味深いだけというのが結論でした。

これ以上パウロに質問する者は出ず、パウロを拘束する者もいませんでした。パウロはアレオパゴスを立ち去り、アテネには2度と戻らなかったのです。

パウロのアテネ伝道は、多くの収穫を得ることはできず、不発のように見えますが、、少数ではあっても、信じる人が起されたました。

彼につき従って信仰に入った人たちは、「デオヌシオ(アレオパゴスの30人の議員のひとり)」「ダマリスという女(貴婦人であるが、それ以上の情報はない)」「その他の人々」と記されています。

パウロの伝道の基本的姿勢は、1コリント9:19~22に記されています。これは、伝道のためにあらゆる方法を用いようという意味ではなく、伝道しようとしている人たちとの一体化を意味しているのです。

ここからの教訓は、「対話の接触点を探る」と言うことであり、「相手に理解できる言葉で語る」と言うことです。また、相手に敬意を表し、見下すことのないように注意が必要です。

パウロの異邦人伝道にみられるヘブル語聖書の背景は、「神は、神殿以上のお方である。(1列王8:27、イザヤ66:1~2、使徒の働き7:46~48など参照)」です。

さらに、「神は、摂理的に歴史に介入しておられる。(使徒の働き17:26、申32:8など参照)」が挙げられます。

パウロは、川岸でのメッセージ、広場でのメッセージ、アレオパゴスでのメッセージなどのほとんどが即興でした。また、福音伝達の機会を特定の場に限定していません。そもそも、彼には、メッセージを準備する時間的余裕がなかったようです。

これらから、伝達者の大事な要素は、自分自身を整えることだと考えます。

最も大切なのは、福音の神髄を語ることです。パウロは、「融和的イントロダクション」から始め、最後は「福音の神髄」を語っています。その内容は、「偶像礼拝の罪(29節)」「義(31節)」「裁き(31節)」です。(ヨハネ16:8)

肝心なポイントですが、問題は、聴く人の心の中にあることを知ることです。アテネで、パウロのメッセージに、応答する人が少なかったのは、メッセージに問題があったからではないのです。「問題は、聴く人の心の中にあります。」また、「アテネ人は、論じるのは好きだが、行動に移すのは嫌という特徴」を持つも推察されます。しかし、福音の神髄を語るなら、救われる人は必ず起されます。

パウロにとって、アテネは、迫害なしに去ることができた最初の町です。その後、アテネに教会が誕生したかどうかは、ルカは記録していません。しかし、紀元(A.D.)2世紀~4世紀にかけて、アテネ教会は多くの指導者たちを輩出しています。

福音を語り、その結果は、神に委ねればよいのです。.

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