本気で愛するということ 箴言27:5

『27:5 あからさまに責めるのは、ひそかに愛するより良い。 箴言27:5新改訳2017』

「耳が痛い」ことを伝えてくれる人がいますか?

年齢を重ねると、だんだん少なくなっていきますね。

最近は、人間関係の薄さで、他人との会話や対話が減っていると聞きます。

「コミュニケーション障害」という症状もあります。周囲とのスムーズなやり取りが難しい状態を意味します。

今の時代、携帯電話が主流になっています。

昭和の時代に大活躍した「黒電話」ですが、今は、姿を見かけなくなりました。それどころか、固定電話(家電)さえ、格段に減少していると言われています。

さすがに、会社では固定回線を使っている所が多いと思います。でも、新入社員は、その固定電話の使い方がわからないというのです。電話で、通話したことがない人もいるというビックリ話を聞くことさえあります。

「IT」全盛の時代の影を見るようです。

しばらく前でも、カフェに向かい合った2人が会話していない。オーダーもタブレットかモバイルオーダーで、店員とも会話をしていない。この2人は、スマホのLINEでメッセージ交換している。目の前にいる2人は、視線を合わせることもなく、スマホの画面を凝視ながら時間を共有するという不思議な状況です。

確かに、店内は静かで良いのですが、目の前の人と会話をしない現象が起きていました。

カフェなどでは、大きな声で、店内に響き渡るようなお客さんもいますから、どちらが良いのかは判断できませんね。

ここで、考えたいのは、お互いに相手を観察し、欠けを補うという関係性です。

致命的なのは「あなたに、それは言われたくない」という結末です。

そもそも、人間がバージョンアップしていく基本は、「気づき」でしかないと考えています。

冷静に、自分の気づきに刺さる言葉こそ、最大の栄養分です。

でも、これを妨げる要素が多いのも現実ですね。

無難なのは、年長者が自分が積み上げてきた失敗談です。

「成功談」は再現性が無いコトが多く、タダのマウントとりになってしまいかねないので、要注意です。

失敗談の方が、共感性のフックが多くあるので、有効なようです。

冒頭の箴言は、「ひそかに愛する」ことを否定しているのではありません。

それよりも「あからさまに責める」ことが、相手のためになるという比較級の提示なのです。

しかし、何事にも、タイミングがあります。関係性を育み、その時に適切な言葉を伝えたいモノです。
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