自己確立の基本 司馬遼太郎

『自分に厳しく、あいてにはやさしく、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、たのもしい君たちになっていくのである。司馬遼太郎『21世紀に生きる君たちへ』(世界文化社)』

「自分には甘く、他人には厳しい」なんていうのは、世の中では普通の感覚かも知れません。

でも、司馬遼太郎は、「自分に厳しく、あいてにはやさしく」と、冒頭のフレーズで言っています。

これが、自己確立へのステップだと言うのです。

そして、「たのもしい君たち」とは、ある意味理想的な姿ですが、多くの場合、見かけ倒しになっているのかも知れませんね。

これは、さじ加減が大切なテーマだと考えています。

「自分に厳しく」というのは、程度問題で、厳しすぎる自分叩き、つまり、セルフネグレクトになりかねないからです。

私は、これを「自己健全愛」と考えるようにしています。

自分を叩くのではなく、戒める客観的なアプローチが必要で、自分を甘やかさない事が求められます。

これが、非常に難しいのです。

「あいてにやさしく」と言うのも、限度があります。

何でもOKという訳ではありません。

自分に厳しくよりも、やさしいというさじ加減なのかも知れません。

もう一つの視点は、「受容」です。

自分自身に厳しくする前に、自分の存在を受容することが大切だと考えています。

これは、自分が何ができるのかとは、違う視点だからです。

「○○ができるからOK」ではなく、「存在がOK」という考え方です。

そこからスタートをすると、自分に対して厳しく望んでも、自分を叩くことがなくなるからです。

自分ともう一人の自分という究極の付き合い方になりますから、課題があるのは事実です。

それでも、この付き合い方が基本だと考えています。

その原則は、他人でも同様で、まず、「存在を受容する」ところからはじめると、付き合い方が変わります。

案外、長く続く関係性は、出会いから、これができているように思います。

それが、より良い関係性へのコツなのですね。

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Posted by dblacks