非暴力革命の主張 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
『非暴力抵抗者は、主張する。全世界の抑圧された人々は人間性の尊厳をまもるための闘いに際して、反対者に対して寛容さを失ったり憎悪の闘いにふけったりする誘惑に屈してはならない。暴力に対して、暴力をもってむくいることは、なんら効果をもたらさず、かえって宇宙のなかの憎しみを強めるにすぎない。 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア『自由への大いなる歩み』(岩波書店)』
暴力や威圧が絶えない世の中です。
実力行使こそ現状変更を成し遂げる唯一の手段だという風潮も根強いです。
ですから、核兵器の論議も中途半端のまま、疑心暗鬼をしながら、にらみ合いをしているのです。
通常兵器と言われている軍備も、訳がわからないまま、「膨張」するばかりです。
その背景が、透けて見える時代に差し掛かっています。
どうやら「矛盾」です。
この故事に由来していますが、その言い回しが用いられるのが次の状態についてです。
『前後のつじつまが合わないこと。両立しないこと。論理が一貫しないことをいう。撞着(どうちゃく)。「矛」は、ほこ・やり。「盾」は、たて。「楯(じゅん)」とも書く。』(三省堂編修所)
つまり、ヤリ(矛)も盾も、どちらも最強だと売り込んでも、それら同士で戦えば、その結果はわからないと言うことです。
暴力や実力行使は、チカラでねじ伏せることはできますが、そこに、遺恨が残りくすぶり続ける事でしょう。
それらを避けるための皆殺しなどとは、言葉にならないほど残酷な話です。
奴隷解放運動は、暗く長いトンネルを通るような負の歴史があったと聞きます。
このフレーズを記したキング牧師は、その先頭に立ち、凶弾に倒れました。
しかし、その意志を受け継いだ人たちによって、結実していったのです。
今も、奴隷化や人身売買が後を絶ちません。人間が人間として生きられる世の中に、創造主である神【主】につくられた存在として生き生きと生きられるように願います。
暗殺
→詳細は「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア暗殺事件(英語版)」を参照
1968年4月4日に遊説活動中のテネシー州メンフィスにあるメイソン・テンプルで “I’ve Been to the Mountaintop”(私は山頂に達した)と遊説。
その後メンフィス市内にあるロレイン・モーテルの306号室前のバルコニーで、その夜の集会での演奏音楽の曲目を打ち合わせ中に、白人男性で累犯のジェームズ・アール・レイに撃たれる。弾丸は喉から脊髄に達し病院に搬送されたが、そのまま帰らぬ人となった(満39歳没)。墓標には「ついに自由を得た」と穿たれている。
レイは国外に逃亡し、数ヵ月後、ロンドンのヒースロー空港で逮捕され、禁錮99年の判決を受ける。その後、彼は服役中の1998年4月23日にC型肝炎による腎不全で死去した。なお、暗殺した動機や、海外へ逃亡した資金源などはわかっていない。
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