エルサレムへ向かうパウロ 使徒の働き19:21-22

『19:21 これらのことがあった後、パウロは御霊に示され、マケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。
19:22 そこで、自分に仕えている者たちのうちの二人、テモテとエラストをマケドニアに遣わし、自分自身はなおしばらくアジアにとどまっていた。 使徒の働き19:21-22新改訳2017』

使徒の働きは7区分されています。7つの教会成長レポートで記述が区切られ、①使徒の働き2:47 ②使徒の働き6:7 ③使徒の働き9:31 ④使徒の働き12:24 ⑤使徒の働き16:5 ⑥使徒の働き19:20 ⑦使徒の働き28:30~31となっています。

これによると、この箇所は、第7区分になります。

21節で、エルサレムに上る計画をしています。
「これらのことがあった後、」とは、スケワの7人の息子たちの事件と、それに続くエピソードがあった後という時期です。

「パウロは御霊に示され」とあり、パウロの伝道を導いているのは、聖霊でありその導きにより、パウロの伝道は次に進むのです。パウロ自身は、「アジア州では、働きの場がなくなって来た。」そして、「マケドニアとアカヤの諸教会も、成長している。」という認識があったと推察できます。さらに、パウロは、第四次伝道旅行をイメージしていたことでしょう。彼の心には、種々の短期計画があり、長期計画は、ローマに向うこと、その先に、スペインへ心が向いていたことでしょう。

ロマ書は第三次伝道旅行の終り頃、コリント滞在中(使徒の働き20:2~3)に書かれました。それは、エルサレムに諸教会の献金を届ける直前でした(ロマ1:15、ロマ15:22)。

「マケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。」とあるように、パウロは、マケドニアとアカヤの諸教会で、フォローアップの奉仕をしようとし、また、経済的に余裕のある諸教会から献金を集めようとしたのです。その目的は、エルサレムの貧しい状態にいた聖徒たちを援助するためでした。

22節では、その前に為すべき優先事項が記されています。それは、マケドニアでの奉仕です。ピリピ、ベレアには行けそうでも、テサロニケには戻れない(17:9)という事情もありました。また、アカヤでの奉仕、特にコリントが気になっていたのです。パウロの中では、エルサレムでの奉仕が大きく感じられていたでしょう。

自分が訪問するための準備として、テモテとエラストという二人の同労者を先にマケドニアに派遣した。それは、献金を集める準備をさせるためでした。テモテが最後に現れたのはコリント(使徒の働き18:5)でしたが、ここで再び登場します。エラストは、ロマ16:23にも名前が出て来ます。彼は、コリントの町の収入役で、裕福な信者でした。彼の名前が、コリントの遺跡から発掘されています。つまり彼は、石の広場の建設のために寄付していたのです。

「自分自身はなおしばらくアジアにとどまっていた。」とあるように、パウロは、もう少しアジアに留まり、働きを続けようとしていました。パウロは、この時期にコリント人への手紙第一を書いたのです(1コリ16:8~9)。でも、エペソで暴動が起り、町を出ることになるのです。

トピックス
ルカの福音書と使徒の働きを対比してみましょう。
 ルカの福音書では、エルサレムが中心地です。それは、イエス・キリストは、エルサレムで死に、埋葬され、復活されたからです。
 使徒の働きでは、ローマが中心地です。それは、福音は、エルサレムからローマに伝わり、イエス・キリストは、ローマ帝国の首都に御自身の教会を設立されたからです。

ルカの福音書と使徒の働きの結末は、興味深いです。
 ルカの福音書では、イエスの受難物語が詳細に記録されています。特に、最後の1週間が詳細に記録されています。ルカの福音書の結末は、イエスの死ではなく、復活で終わっています。
 使徒の働きでは、パウロの「受難」が詳細に記録されています。使徒の働きの結末は、パウロの死ではなく、新しい生活で終わっているのです。
 ペテロの「受難」に関しても、同じことが言えます。ペテロが解放されたところで、彼の「受難」物語が終わっているのです。
 これは、イエス・キリストの復活との対比があると考えられます。
 つまり、「人生は死で終わるのではない。復活の命がある。」という私たちへの教訓を読み取ることができます。

 パウロの計画と神の計画について考えてみましょう。
 ローマに向うことに関して、神の御心は、パウロがローマに行き、そこで宣教することでした。パウロの願いも、ローマで宣教することだったのです。

 ローマに着く方法に関しては、パウロが予想したものとは違っています。創造主である神【主】の主権は、人間の願いを超越したもので、最後は、神の御心が成るのです。暴動が起り、パウロの予定よりも早くエペソを出ることになったのは、わかりやすい一例です。
 パウロは、エルサレムに帰還することは危険であることを認識していましたが、彼はエルサレムに上ることをいとわなかったのです。

「8:22 ある日のことであった。イエスは弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸へ渡ろう」と言われたので、弟子たちは舟を出した。 ルカ8:22新改訳2017」

 イエスが「湖の向こう岸へ渡ろう」と言われから、必ず行けたのです。パウロの究極的長期計画は、主と共に居ることでした。より具体的には、千年王国(御国)に住むことで、これは将来、成就する御国(メシア的王国)です。

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