ミレトへの旅 使徒の働き20:13-17
『20:13 私たちは先に船に乗り込んで、アソスに向けて船出した。そこからパウロを船に乗せることになっていた。パウロ自身は陸路をとるつもりでいて、そのように決めていたのである。
20:14 こうしてパウロはアソスで私たちと落ち合い、私たちは彼を船に乗せてミティレネに行った。
20:15 翌日そこから船出して、キオスの沖に達し、その次の日にサモスに立ち寄り、さらにその翌日にはミレトスに着いた。
20:16 パウロは、アジアで時間を取られないようにと、エペソには寄らずに航海を続けることに決めていた。彼は、できれば五旬節の日にはエルサレムに着いていたいと、急いでいたのである。
20:17 パウロはミレトスからエペソに使いを送って、教会の長老たちを呼び寄せた。 使徒の働き20:13-17新改訳2017』
13節
トロアス→アソス
パウロの同行者たちは、先に船に乗り込んでトロアスを発ちました。これには、ルカも含まれています。そして、パウロよりも先にトロアスを出発しました。アソスまでは、海路の方が陸路よりも時間がかかるのです。それは、アソスに着くためには、レクタム岬の沖を回る必要があるからです。陸路は、約30キロの距離で、パウロは、単独で陸路を移動することにしました。徒歩で約1日の距離です。
14節
アソス→ミテレネ
パウロは、アソスで同行者たちに会い、船に乗り込みました。そこから約50キロの船旅でミテレネに着きました。ミテレネは、レスボス島の主要な町です。また、レスボス島は、小アジアの西部における最大の島です。
15節a
ミテレネ→キヨス→サモス
ミテレネからキヨス島の沖に達しました。キヨス島は、ホメロス(前8世紀頃のギリシアの詩人)が誕生した地です。
そして、次の日にサモスに寄港しました。サモスは、エペソの真西にある島で、ピタゴラスが誕生した地です。
15節b
サモス→ミレト
ミレトは、エペソから南に約50キロ離れた所にある港町です。この一行が乗っているような小型船は、風が凪いでいる夜間は、港に停泊するのです。この時には、エペソ港は土砂の堆積で水位が浅くなったので、水夫たちには座礁の懸念などで、不評でした。
16節
パウロは、エペソには寄港しませんでした。その理由は、エペソに行くと、時間が取られることや、身の危険を感じていたこと、さらには、エルサレムへの旅を急いでいたからでしょう。
「できれば五旬節の日にはエルサレムに着いていたい」
五旬節は、過越の祭りから50日後です。巡礼祭をエルサレムで祝いたいというのは、ユダヤ人として当然のこと気持ちでしょう。また、祭りの時期にエルサレムに上ると、多くの友人たちと会えるという期待もありました。さらに、祭りの期間に、異邦人信者からの献金を届けることは、教会の一致を示す最善の方法だとの考えもありました。
17節
ミレトで船荷を積み降ろすのに、3日前後かかったでしょう。
パウロは、その時間を利用して、エペソに使いを送って教会の長老たちを呼び寄せました。エペソに行くのに1日、ミレトまで来るのに1日かかるので、いくら早くても2日はかかる計算です。これを考えるとエペソからミレトに来る者たちは、大きな犠牲を払っています。
結論:
トロアスからアソスまで、一日の道のりがあるのに、パウロが陸路を取った理由を考えてみましょう。
そのひとつは、経済的理由です。あるいは、歩くのは、運動になるという事もあるでしょう。さらに、道中で伝道したり、信者と交わったりできるという可能性もあります。しかし、最も大切な理由は、神との交わりでしょう。パウロは、信者との交わりを好みましたが、ひとりになる時間も楽しんだようです。彼には、神の御心を求める必要がありました。また、エルサレム教会への献金について、祈る必要があったのです。
パウロと五旬節の背景には、ユダヤ人信者と律法の関係を考えてみる必要があります。使徒の働きの筆記者であるルカは、パウロが五旬節までにエルサレムに着こうとしていることを非難していません。
ペンテコステ以降のユダヤ人信者(メシアニックジュー)には、律法を守る自由も、守らない自由もあります。しかし、ユダヤ人としてエルサレムで巡礼祭を祝いたいと願うのは、価値観として当然のことのようです。
異邦人信者は、メシアニックジューの考え方を受け入れる必要があります。
まず、「律法を救いの条件」とするなら、それは間違っています。今の時代に生きているユダヤ人信者には律法を守る自由も守らない自由もあるのです。食物規定を守りたい人もいれば、守らないという人もいるのです。また、律法は、異邦人信者には無関係なものです。
エペソの長老たちについて
リーダーの呼び名
①長老(プレスビューテロス)(使徒の働き20:17)
*英語ではelderである。
②監督(エピスコポス)(使徒の働き20:28)
*英語ではoverseer、bishopである。
③牧する役割が与えられた者(ポイマイノウという動詞)(使徒の働き20:28)
*名詞形では、牧師である。
*ヨハネ21:16
聖書的には、長老、監督、牧師は、同一の役職を指しています。リーダーの役割は、信者を導き、監督し、牧することなのです。
新約聖書が想定する教会の指導体制は、複数のリーダーによる指導です。特に、エペソ教会のような大教会では、複数のリーダーが必要です。健全な複数のリーダーによる指導体制が機能するのが教会成長のカギです。




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