誠実に歩むこと 箴言19:1
『19:1 貧しくても誠実に歩む者は、唇の曲がった愚かな者にまさる。 箴言19:1新改訳2017』
「唇の曲がった愚かな者」とあるのは、自分だけが正しいと考えるような偏った振る舞いです。
自己義主義は、周囲の人を見下げ、避難し、差別します。
この振る舞いによって、どれ程の人が傷ついているかを認識することが大切です。
紀元一世紀のイエスがいたユダヤ社会で、口伝律法を用いながら権勢をふるっていた人たちは、このような振る舞いをしながら、結果的に多くの人を傷つけていたのです。
当時の特権階級は、サンヘドリンを中心とした階級でしたので、イエスを信じる人たちは、経済的には厳しい状態の人たちが多かったのです。信仰を表明した途端に、貧困に至るような状況だったのかも知れません。
初代のエルサレム教会の顛末は、他教会からの援助を非常に有難く感じるほどだったのです。
「貧しくても誠実に歩む者」は、いつの時代にもいます。
これは、世の権勢にすり寄るのではなく、創造主である神【主】を信頼する事を第一にする生き方です。
一人の人間としては、自立を確立していく必要が誰にでもあります。
それは、自立した信仰であり、精神的自立であり、また、経済的自立でもあります。
しかし、その根っこは、創造主である神【主】に繋がっている事が、聖書的な価値観なのです。
「カチカチのゴテゴテ」と言うよりは、「ユーモアのある人生」を送りたいと私は考えています。
かつては、私も自己義主義に巻き込まれていました。
しかし、今は、その息苦しさから抜け出す事ができました。
その気づきを与えられたこと、方向転換をすることができたことは、感謝でしかありません。
「誠実に歩む」とは、非常にハードルが高そうですが、いくつかの要素があります。
「自分を知り受容すること、自分勝手な力や思い込みを振り回さないこと」
「創造主である神【主】を信頼し、心から信頼し、祈ること」
「【主】が示された道に歩むこと」
これらの要素には、忍耐が必要です。
さらに、たゆまぬマインドを維持することも必要です。
それでも、私は、誠実に歩みたいと願っています。



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