正義感を振り回したときの快感はヤバい

快感ホルモン, 柔軟性を上げる, 正義感の心理

生活指導担当の体育教師は、竹刀を片手に校内をウロウロしていると言う光景を見て育った人もいるでしょうね。

大人になっても、風紀委員と言われる他人のふるまいを事細かに注意して回る人もいます。

正義の刀(かたな)は、いざという時に残しておいた方が、生きて行くのがラクなのですね。

でも、これを振り回し続けている人も、実際には存在します。

時には、自分が正義感を振り回している可能性を考え、わが身をふり返ることも大切だと考えています。

「あれが間違っている」とか「こうじゃないとダメだ」とか、とにかく自分に利害が無いコトまでも、気になって正そうとするクセが付いているのでしょうね。

最近では、SNSなどで、表面上の匿名をよいことに、歪んだ正義感を振り回している人もいますね。

質問に答えない政治家や、自分の問いに答えてくれない親に対する鬱積が、そのような振る舞いにさせている可能性はあります。

でも、本当のところは分かりません。

正義感を振り回したときに、たまたま賞賛を浴びたりして、それを快感だと思い込んでしまうと、なかなか抜けられなくなってしまう危険性もありますね。

人間は、自分は正しいと思い込むことで、自信を持って生きているという土台があります。

でも、多様な価値観の中で生きている間に、いろいろなものさし(基準)があることに気付いていくこともできます。

思い込みが強い人は、自分だけが正しいという枠組みから脱出が難しいので、残念なことにしなやかさが育めない傾向があります。

もう一つは、自他境界線というモノの意識です。

バウンダリーと表現したりしますが、自分とそれ以外の線引きです。

これは、絶えず利害関係で変わるので、判断が難しい部分でもあります。

この意識を理解できると、自分は自分だけに適用できるルールと他社と共同作業をするときのルールの使い分けが可能になるのです。

この複数のルールの使い分けができる状態が、柔軟性が育まれたというコトになります。

必要以上に正義感を振り回さなくて良くするためには、心の柔軟性に意識を向けていくことが大切なのですね。