ヨハネの黙示録トピックス(3)
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◆「イスラエル」は、福音派神学界を二分する大きな争点
「イスラエル」というテーマは、21世紀に至っても福音派神学界を二分する大きな争点です。イスラエルのとらえ方次第で、契約神学に立つか、ディスペンセーショナリズム(ディスペンセーション神学)に立つかが決まるとの評価があります。
さらに、契約神学の中でも、イスラエル理解の違いによって、千年期後再臨説、無千年王国説、千年期前再臨説と立場が分かれています。
健全な組織神学を構築するためには欠かせない要素が、このイスラエルというテーマです。パウロは、教会史初の組織神学の書『ローマ人への手紙』を記し、9~11章にかけて、イスラエルについて詳しく論じています。
しかし、さまざまな組織神学の体系があって、聖書のあらゆる領域の真理を組織的に取り扱っているようでも、イスラエルについては、それを独立した論「イスラエル学」として展開している神学体系は一つも存在していませんでした。
そこにこそ、歴史に埋没している創造主である神【主】が示した真理が隠されているように感じます。
参考文献の一つである『イスラエル学(アーノルド・フルクテンバウム博士著 佐野剛史翻訳 中川健一監訳)』には、さらに膨大な原書があります。それは、これまで組織神学の盲点であった「イスラエル論」を初めて体系化した先駆的著作であり、今では数々の神学校で教科書として採用されています。
原書では、まず契約神学の三つの学派(千年期後再臨説、無千年王国説、千年期前再臨説)とディスペンセーショナリズムを簡単に定義し、イスラエルの過去、現在、未来がそれぞれの神学体系の中でどのように位置づけられているかを検証する、という流れになっています。
『イスラエル学(日本語版)』では、フルクテンバウム博士独自のイスラエル論が展開される後半部分『X.ディスペンセーショナリズムによるイスラエル論の展開」に絞って翻訳されています。
原書の前半部分で最初に検証される神学体系は、契約神学の三つの学派(千年期後再臨説、無千年王国説、千年期前再臨説)です。契約神学は、「恵みの契約」という神学的契約を基礎に置く神学体系です。この恵みの契約は、聖書自体に明示的に書かれているわけではありませんが、さまざまな聖書箇所から類推され、「イエス・キリストが仲介者となって、父なる神と人との間で交わされる契約で、イエス・キリストを救い主と受け入れた選びの民に、父なる神が永遠のいのちと救いを与える」というものです。この契約では、契約の当事者となる選びの民は一つだけしか想定されておらず、それは教会だと主張します。その解釈を成り立たせるため、契約神学では選民イスラエルについて語っている箇所は実際には教会のことを言っているのだとして、聖書を比ゆ的に解釈する傾向があります。また、そのような神学的立場をとる結果、神学的考察の対象は教会中心となり、イスラエル民族について論じるイスラエル論は未発達です。また、聖書で「イスラエル」と書かれている箇所は「教会」と読み替えることが多いため、そもそも契約神学には十分なイスラエル論が発展する素地がないことが論証されています。
それに対して、次に検証されているディスペンセーショナリズムは、聖書の比ゆ的解釈を排して字義通りの解釈を目指しているので、イスラエルはイスラエル、教会は教会としてこの両者を一貫して区別します。そのため、ディスペンセーショナリズムは、イスラエル論を展開する素地が十分にある神学体系であり、実際に最もイスラエル論が充実しています。しかし、教会論から救済論、終末論に至るまで、聖書のあらゆるテーマを取り上げて体系化しているディスペンセーショナリズムではあっても、これまでイスラエル論を組織神学の独立したテーマとして取り上げたことはありませんでした。
以上のような背景を踏まえて、フルクテンバウム博士自身のイスラエル論が後半部分で展開されます。『イスラエル学(日本語版)』は、このフルクテンバウム博士によるイスラエル論の翻訳です。これでさえかなりのボリュームです。でも、大変参考になります。
『一日でわかるイスラエル論』の講演CDとテキストを合わせて学ぶことにより、原書の内容がより鮮明に理解できると考えています。
21世紀の今のイスラエルを見ながら、これから起きることを聖書全体、特にヨハネの黙示録から『未来的アプローチ』による視点で学ぶことができるのです。
創造主である神【主】の時を『永遠の幸福マインド』で待つための確信と希望を深めることが期待できます。
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