この世は喜怒哀楽 来世は喜楽

「『視よ、神の幕屋、人とともにあり、神、人とともに住み、人、神の民となり、神みずから人とともに在して、かれらの目の涙をことごとく拭い去り給わん。今よりのち死もなく、悲嘆(かなしみ)も号泣(さけび)も苦痛(くるしみ)もなかるべし。前のもの既に過ぎ去りたればなり。』(ヨハネ黙示録21:3、4)」

新天新地の光景です。

悲しみや苦痛はなく、涙も拭い去られると書かれています。

表題にあるように、今の世の中では、肉体に生かされていて、喜怒哀楽を味わって生きています。

人間には、喜びと楽しみは一瞬に感じられ、怒りと哀しみは長く感じられるようです。

多くの人は、「喜楽」のセンサーよりも「怒哀」のセンサーの方が、敏感なようですね。

一方、イエス・キリストをメシアと信じる信仰者は、肉体から離れる時に、肉体の喜怒哀楽から解放されて、霊的な喜楽に入るということなのですね。

寿命を全うした肉体的死は、肉体に生かされている人にはネガティブなイメージがありますが、「怒哀」からの解放でもあるのですね。

また、肉体に生かされている状態でも「喜楽」センサーの感度が高くなれば、幸せをもっと実感できるのでしょうね。

未分類

Posted by dblacks