「先生、目が見えるようにしてください。」
『イエスは彼に言われた。「わたしに何をしてほしいのですか。」すると、その目の見えない人は言った。「先生、目が見えるようにしてください。」そこでイエスは言われた。「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救いました。」すると、すぐに彼は見えるようになり、道を進むイエスについて行った。(マルコ10:51-52新改訳聖書2017)』
目が見えない人は、視力がないという現実があります。
いろいろな段階があるようですが、光を感じることができるケースもあれば、光さえ感じられないケースもあるようですね。
一方、目が見える人は、明るさがないと行動に支障を来します。
停電をしたときなど、目の見えない人は、何がどこにあるか、そこまで何歩で移動できるかなど把握しているので、スムーズな行動ができたりするのです。
それでも、「目が見えたらなあ」と考えた人が前述の人です。
そこで、イエスに「先生、目が見えるようにしてください。」と願い出たのです。
即座に「…あなたの信仰があなたを救いました。」と、その願いは叶えられました。
その人は、視力を回復したのです。
今の時代の信仰者も、願いを申し上げても、すぐ叶えられるケースもあれば、叶えられないケースもあります。これは、神の判断ですから人間にはわからない範疇なのですね。
ある人は、「主よ、目が見えることが願いです。目が見えることを感謝します。」と先取りの祈りをして、近視傾向だった視力が、少しずつ、見やすくなってきたと言うことです。
創造主である神への信頼が一番大切のようですが、叶うかどうかはわかりませんが、願ってみるのも損はないですからね。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません