創造主である神の計画 箴言8:25-27 ロマ8:28

ニワトリのたまご,創造主,箴言

『山が立てられる前に、丘より先に、わたしは生み出された。主がまだ地も野原も、世界の最初のちりも造っておられなかったときに。主が天を堅く立てられたとき、わたしはそこにいた。主が深淵の面に円を描かれたとき、 (箴言8:25-27新改訳2017)』

ニワトリが先か?卵が先か?という論議があります。

私は、聖書に基づけば、ニワトリが先と考えるのが妥当だと考えています。

地球環境の保全の重要性を伝えられることが多くなりました。

人間の快適な生活への追求が、自然のカタチを変えている現状を考える時期になってきたのでしょうね。

でも、それらの情報は、どこかに歪みを感じてしまうと言うのは、私だけではないでしょうね。

今までになかった土石流や異常気象などが頻発しています。

これらの要因は、自然災害と言うよりも、中途半端な作業や対策により人災的側面も語られています。

天地が創造された時よりも前に、「わたしはそこにいた。」と記してあります。

創造主である神は三位一体で、3つの位格、父、子、聖霊が一体として活動しているのです。

約2000年前に、この地上に降臨された御子(第2位格)は、100%人間として赤ちゃんから成長され、十字架に架けられ、葬られ、復活し、昇天されました。

神としての第2位格(御子)は、永遠から永遠までの存在です。

唯一のメシアであるイエス・キリスト(第2位格)は、100%人間であり、100%神なのです。

ですから、「そこにいた」と記されているのです。

これは、人間の理解を遙かに超えています。

人間には、コレを受け入れる信仰が必要なのです。

『人は律法の行いとは関わりなく、信仰によって義と認められると、私たちは考えているからです。 (ロマ3:28新共同訳)』

その「信仰があれば義」と認められるのですね。

今でも、信仰者には、第3位格である聖霊が助け主として内住されています。

創造主である神は、全宇宙のどこにでも居られる主なのですね。