依存体質から脱却するために 箴言20:1
『ぶどう酒は嘲る者。強い酒は騒ぎ立てる者。これにおぼれる者はみな、知恵がない。(箴言20:1新改訳2017)』
あなたは、溺れたことありますか?
私は、溺れかけたことが数度あります。でも、川やお風呂でのことで、アルコールではありません。
アルコールとの距離感で悩んでいる人を多く見かけます。
アルコールは一滴も飲まないという人から、一日コップ1杯、ビール一缶などの慎重派から、一日一升という人、またそれ以上という人もいますね。
アルコールが体内に入ると、赤くなるという人、青くなっていく人など身体に与える影響にも個人差があります。
ある程度の陽気な周囲に迷惑を及ぼさないような人は、幸せな飲み方かも知れません。
でも、車がガソリンを必要とするように、インディカーレースのようにアルコールをきらさないほど飲み続けている人もいます。そんなに飲んだら、身体に異常を来すのではないかと、見ている側が心配になる人もいます。
果たして、何がその様な行動にさせるのか? は、それぞれの事情があるのでしょうね。
自分にとって辛い過去の出来事を忘れたいために飲み続けていた人が、突然飲まなくてもよくなったという話です。
お酒が手放せない父親に、独立した娘から「お父さん、有難う!」と電話がありました。
その余韻が覚めやらぬうちに、毎日の晩酌タイムになったのですが、「今日は酒は飲まない。さっきの言葉を忘れたくないから」と言ったので、妻はビックリ仰天です。
その日から、パタリと飲まなくなったそうです。
その人にとっては、娘さんの心からの言葉が、酒よりも心を満たしたのでしょうね。
「酒を飲むな。身体に悪い!!」などとの説教は逆効果で、逆に酒量を増やしてしまうと聞きます。
何か満たされないと感じる空虚な気持ちが、酒に溺れる入口のようです。
適量を間違うと、身体だけではなく、あらゆるコトを悪循環にするようです。
それを理解する知恵が必要なのですね。
薬物にも、アルコール類にも、嗜好品にも、支配されないように気をつけたいものです。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません