「ダメな子」「悪い子」なんていない 手塚治虫
『「ダメな子」とか、「悪い子」なんて子どもは、一人だっていないのです。もし、そんなレッテルの付いた子どもがいるとしたら、それはもう、その子たちをそんなふうに見ることしかできない、大人たちの精神が貧しい。 手塚治虫【ガラスの地球を救え(光文社)】』
人をどの様に見て、評価するかで、人生の幅や奥行きが変わってくるのではないでしょうか?
どうしても、好奇心旺盛で多感な少年や少女をコントロールできない大人が、「この悪ガキがー」などと吠えているシーンが、わかりやすい構図です。
でも、手塚治虫氏のこのフレーズは、『「ダメな子」とか、「悪い子」なんて子どもは、一人だっていない…』と言い切っています。
彼自身が、好奇心旺盛な少年だったのでしょうね。
代表作は、ジャングル大帝やブラックジャックなどをイメージしますが、その他にも多くの作品を遺しています。
私も、冒険心や前人未踏の領域をイメージさせるような、孤高な主人公の姿に憧れを抱かせるような作品の虜にされた一人です。
その背景に、このフレーズがあるとすれば、涙がでるほど、自分自身が肯定された気持ちになります。
子どもの才能を認めて、どのように、伸び伸びとさせるかによって、未来が開けるのに、大人の精神が貧しいと、その未知の可能性を摘み取ってしまうという恐ろしい結果を招いてしまうかも知れないのですね。
親もですが、大人は、忍耐が必要なのです。
大らかなマインドを大切に共有する必要があるようです。
自分の色メガネだけで見ないようにすることも含まれるようです。
人間は、規格に収まらない、天才的な才能を与えられているのかも知れませんね。
その子を見る目は、親よりも、祖母や祖父の方が、客観的に見られる立ち位置なのでしょう。
それでも、規格外の子どもを見守り育むのは、「忍耐と勇気」が必要だと察します。
その根拠として、『「ダメな子」とか、「悪い子」なんて子どもは、一人だっていない…』に確信を持っていないと成し遂げられないように感じます。
赤の他人は、ラクチンです。
好き勝手に、その才能を褒めていれば良いのですからね。
何かと暗いと感じる話題が流れる世の中ですが、可能性豊かな子どもが切り開く未来が、明るいことを願います。
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