策に溺れる人間の弱さ 夏目漱石
『おれは策略で勝っても人間としては負けていた 夏目漱石』
昔、プロ野球の投手をしていた人が、しみじみと語っていた事がありました。
それは、「対戦相手の強打者をアウトにしたけれども、試合には負けた」というモノでした。
一局面の勝負には勝ったけれども、チームの勝利には貢献できなかったというのです。
人生の中には、一点集中で限界を突破したけれども、結果的に赤字になったような類いの話ですね。
夏目漱石のフレーズもそのような経験を表現しているように感じます。
策略を練って、実践して勝ったという実感を得ていますね。
でも、人間としては負けていたというのですから、このフレーズからは心理的ダメージの大きさを感じます。
策略を練るときに「今だけ、金だけ、自分だけ」という極めて利己的な考え方では、視界が限りなく狭くなってしまいそうです。
また、自分を目立たせる目的だけでの振る舞いは、結果的には虚しさに自分が包まれたようになってしまいます。
自分が考えた作戦がうまくできたのに、なぜか?心が晴れないというパターンですね。
何事も、自分が自発的に、自分の利益のために取り組むのですが、もう一つ、周囲に対する配慮ができる心のゆとりを持つ努力を惜しまないようにしたいです。
なんだか、この配慮がだんだん希薄になっている時代に感じられて、さみしい気持ちを感じることがあります。
自分が感じるのですから、自分が仕掛けたことでも、周囲の誰かにとっては配慮不足かも知れませんね。
それを観察できる視点も合わせて持ちたいと考えています。
うっかり手にしていた花瓶を落として割ってしまうことがありますが、その時に、最低限、誰もケガしないような配慮を考えておきたいですね。
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