「良い子」を装うのは、良くない
児童虐待が疑われる事例に、保護者が前兆を察知できずに子どもの健康状態が極端に悪くなり、救急搬送されるようなパターンがあります。
その背景は、「一人親」に迷惑をかけたくないと考える子どもの気持ちが隠れているようです。
仕事に、育児に、家事に、忙しく動き回っている保護者に、自分の健康状態を告げずに、自分だけでガマンしてしまうのです。
「忙しいから、邪魔しちゃいけない。」という心理ですね。
それは、いのちに関わる状態へと至ってしまうこともあります。
保護者は忙しい中でも、健康的な生活が保てるように、最大限の努力は惜しまないはずですから、いつもと違う違和感は、伝えた方がお互いのために良いのです。
伝えるタイミングを見つけるのも難しいという課題がありますし、何らかの伝達手段を探っておく必要もありますよね。
ただし、プライベートは、それぞれの分厚いベールに包まれていますので、それを最大限守りつつというのが、課題の一つなのかも知れません。
一方、生活が成り立たず、セルフネグレクトやDVに至るケースも増えていますので、何らかのカイゼンをしていくという社会的な課題も感じています。
子ども食堂などの取り組みには、頭が下がります。しかし、それは、緊急避難的な命をつなぐ役割であって、根本的な解決には至らないというジレンマを抱えているように感じます。
「同情するなら、金をくれ!!」という、ドラマのセリフはインパクトが大きかったです。
それくらいの逞しさがないと、この世の中のサバイバル合戦に勝ち残れないかも知れません。
でも、基本的に必要なのは、「自立」と「助け合う」というバランスがとれた環境の構築です。
互いを知り、相性を確かめて、という手探りの工程です。
でも、これって、案外、苦手な人が多いですね。私も得意ではありません。でも、生きるためには、この方面のスキルを磨いていく必要性を感じています。
これは、家庭でも、地域社会でも、それぞれの規模で、獲得できれば有難い事ですね。
「お金があれば」「パートナーがいれば」「○○があれば」という、それぞれの願望だけではなく、プラスアルファをベストマッチさせて、自分流に作り上げて行く事が大切なようです。
でも、その為には、自分のコンディションを知り、周囲と共有することや、大切なパートナーや家族の状態を観察し、必要な情報を共有していけるような良好な関係性を大切にしたいですね。
国の制度や予算などを活用できる要素があれば、さらに良好に発展することが期待できますが、まずは、自分でできることから、コツコツとしていくことが望ましいようです。
「ヤングケアラー」深層へのアプローチ 加藤雅江著
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